会社にいくら現金を残しておけば安心?

会社の現金を常に把握しつつ最適化

 

「現預金はいくら残せば安心ですか?」という相談に対して、単純に“〇か月分の固定費”と答えるだけでは不十分です。事業の収益モデル、入出金のタイミング、季節変動、借入返済の有無...これらを加味して、必要最低現金(Minimum Necessary Cash:MNC)と、推奨セーフティ現金(Recommended Safety Cash:RSC)を設計するのがプロのやり方です。今日から使える現金保有の実務指針とテンプレートをまとめました。

 

結論ファースト:現金の目安は「MNC+RSC」で決める

まずは式から押さえましょう。

  • MNC(最低必要現金)=固定費月額×2か月+(税・賞与等の月割積立)+(仕入/外注の半月分)
  • RSC(セーフティ上乗せ)=季節変動・売上集中度・与信集中度・借入返済の重さに応じて0.5〜2.0か月分を加算
  • 推奨現金残高= MNC+RSC

「2か月」は保守的に見えますが、税・社保・年払い費用・突発修繕などを考えると、資金ショックへの初動対応として妥当です。以降で、事業タイプ別に調整する方法を解説します。

 

現金目安のチューニング:4つのリスク因子で上乗せ

事業によって「安心ライン」は異なります。次の4因子でRSCを調整します。

因子 判定の目安 推奨上乗せ(RSC) メモ
季節変動 繁忙月/閑散月の売上差が50%超 +0.5〜1.0か月 閑散月の赤字吸収を想定
売上集中度 上位2社で売上の40%超 +0.5〜1.0か月 入金遅延リスクを反映
入金サイト 請求から入金まで60日超 +0.5〜1.0か月 CCC(後述)に連動
借入返済 元利返済/月が固定費の20%超 +0.5〜1.0か月 利払い期・賞与月に備える

 

計算テンプレ:今日から埋められるフォーマット

以下の表に自社数値を入れるだけで「安心ライン」が可視化できます。

項目 月額/金額 備考
固定費(月) ¥____ 人件費・家賃・通信・保守など
税・社保の月割 ¥____ 年額を12で割る
仕入/外注(半月分) ¥____ 変動費の半月相当
MNC小計 ¥____ 固定費×2+上記の合計
RSC(上乗せ) ¥____ 0.5〜2.0か月×固定費
推奨現金残高 ¥____ MNC+RSC(これが安心ライン)
続きを見る(簡易チェック:今の現金は足りている?)

現金カバレッジ = 現預金 ÷ 固定費月額
目安:3.0以上(安心)/2.0前後(標準)/1.0未満(要増強)

DSCR = 営業CF ÷ 年間元利返済
目安:1.2以上をキープ。1.0割れは返済再設計を。

 

運転資金の要は「キャッシュ・コンバージョン・サイクル(CCC)」

現金需要は利益ではなく運転資金の滞留で決まります。CCC(日数)の考え方を押さえ、安心ラインを現実的に設定しましょう。

CCCの基本式

CCC = 売上債権回転日数(DSO)+ 棚卸資産回転日数(DIO)− 仕入債務回転日数(DPO)

CCCが長い=現金化までの時間が長い=より厚い現金バッファが必要。CCCが短い業態(前受け・サブスク・小売)は、RSCを低めに設定できます。

 

業態別の「安心ライン」ガイド

あくまで起点の目安です。自社のCCC・集中度・借入状況で微調整してください。

業態 CCCの傾向 推奨現金残高の目安 補足
受託BtoB(製造/開発) 長め(検収〜入金にタイムラグ) MNC+1.0〜1.5か月 上位顧客集中なら更に+0.5か月
小売/EC(在庫あり) 中(在庫でDIOが伸びる) MNC+0.5〜1.0か月 在庫圧縮でRSCを下げられる
サブスク/前受金モデル 短め(前受で資金前倒し) MNC+0.5か月 チャーン増時は上乗せ
建設・案件型 長め(出来高/出来形精算) MNC+1.5〜2.0か月 天候・検収遅延の揺らぎを反映

 

「十分に貯める」だけでなく「減らさない」運用が重要

安心水準を達成したら、それを下回らない運用設計が肝心です。以下の3点で崩れにくい体制を作ります。

1. 閾値ルール(スロットル)

現預金残高がMNC+α(固定費0.5か月)を超えた時のみ繰上返済・投資を実行。閾値未満では実行しないルールを経営会議で明文化します。

2. キャッシュカレンダー(2週間ローリング)

毎週更新で入出金の確度A/B/Cを管理。返済日・大口引落しを入金直後へ寄せ、日中の残高谷を最小化します。

3. 与信・在庫の運用方針

限度超えの与信は経営承認制に。高回転SKUを厚く、低回転SKUは発注頻度で調整し、DIO短縮=現金需要の縮小につなげます。

 

よくある誤解と落とし穴(早見表)

誤解/落とし穴 何が起きるか 是正策
「利益が出ていれば安心」 黒字倒産の典型。入金ズレで資金ショート CCCとMNCで現金基準を設定
「現金は多いほど良い」 過剰現金でROE低下、機会損失 MNC+RSCを超えた分は借入圧縮/投資へ
「繰上返済を最優先」 運転資金が薄くなり急変時に逆回転 閾値ルールを厳守、短期高コスト優先で圧縮
「日次返済でも問題なし」 月末入金型で中旬に残高が枯渇 返済日を入金直後へ移設、月2回へ再設計

 

ケーススタディ:3つの会社、安心ラインはいくら?

数値はサンプルです。自社に置き換えて試算してください。

会社タイプ 固定費/月 税等月割 仕入半月 MNC RSC 推奨現金
A:受託BtoB(入金60日) ¥8,000,000 ¥800,000 ¥2,000,000 ¥(8,000,000×2)+800,000+2,000,000=¥18,800,000 固定費×1.0=¥8,000,000 ¥26,800,000
B:在庫型小売 ¥5,000,000 ¥500,000 ¥1,200,000 ¥(5,000,000×2)+500,000+1,200,000=¥11,700,000 固定費×0.5=¥2,500,000 ¥14,200,000
C:サブスク(前受) ¥6,000,000 ¥600,000 ¥500,000 ¥(6,000,000×2)+600,000+500,000=¥13,100,000 固定費×0.5=¥3,000,000 ¥16,100,000
続きを見る(借入返済が重い場合の微調整)

元利返済が固定費の20%を超える場合、RSCに+0.5か月を上乗せ。繁忙期後の繰上返済で「短期・高コスト債務」から優先的に圧縮し、翌期はRSCを減らす運用が合理的です。

 

運用フロー:月次の“型”に落とし込む

安心ラインは“計算して終わり”ではなく、崩れない運用の型にして初めて効きます。

月次ルーチン(テンプレ)

  • 月初:固定費・税積立・仕入計画を更新。推奨現金を再試算。
  • 入金直後:MNC+RSCを超えた残高のみ、繰上返済/投資へ配分。
  • 月中:キャッシュカレンダー(2週間)で谷間を監視。返済衝突を回避。
  • 月末:翌月のCCC見込みを反映。RSCの上げ下げを意思決定。

 

チェックリスト:今日から整える5点

  • MNCとRSCの定義を社内で共有(数式+判断ルールを可視化)
  • 現金の閾値ルール(閾値未満の繰上げは禁止)
  • キャッシュカレンダー(2週間ローリング、A/B/C確度管理)
  • 顧客集中の上限(上位2社40%超でRSC上乗せ)
  • 返済日の最適化(入金直後へ移設、月2回へ分割)

 

まとめ:安心は“式”と“運用”の両輪で作る

会社に残すべき現金は、MNC(最低)+RSC(上乗せ)で設計し、CCC・集中度・返済負担で微調整。計算だけでなく、閾値ルールとキャッシュカレンダーで「減らさない」運用を回すことが、ぶれない安心を生みます。今日から、固定費・税積立・仕入半月の数字を埋め、推奨現金を定義してください。安心のラインは、待つものではなく、設計して守るものです。

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